ごあいさつ
前回は、しつけについて、EQ教育の視点からお話いただきました。
少し前の昔なら当たり前に&自然と身に付くしつけも、核家族化や少子化が進む今の日本では、教育プログラムの一環として躾をとらえないと、なかなか上手く教えられないのかもしれません。
また、躾はEQ教育ととらえると、ある一定の時期までにしなくてはならない「知性」への教育ですから、ほっぽらかしではその知性が育たないことが理解できると思います。
さて、今回のこの対談前のコーナーは、最近よく話題になる落ち着きのない子、突然キレる子、学力低下、ADHD等について、幼児「脳」の発育・メカニズムという視点からお話ししてみたいと思います。
はじめに 幼児「脳」があぶない
前回は、胎児に与えるホルモンの影響が、どの様に脳に影響を与えるかを中心に話しました。
それは、知性(知能)への影響と言うよりは、男性・女性特有の脳の傾向に対して影響を与えるという事、また、妊娠中のお母さんを取り巻く環境はとても重要で、なにより、お母さんへの「愛」がとても大切だと言う事です。
そんな、人の「男脳」「女脳」とが繰り出すコミュニケーション行動の違いとして、面白いケースが紹介されています。
アメリカ人は話し好きですが、女性は1日に平均6000〜8000語の単語をしゃべります。ボディーランゲージにいたっては8000〜1万回も出しています。その他、言葉にならない様な音声などを足すと1日平均2万回ものコミュニケーション活動を通してメッセージを発信しています。
それに対して、男性は、単語は平均2000〜4000語、ボディランゲージは2000〜3000回、その他は1000〜2000回しかなく、1日平均7000回程度のコミュニケーション活動だそうです。女性の約3分の1程度です。
日本人は、それほどでもないにしろ、男性は女性の3分の1程度という比率はおそらく同じでしょう。
ところで、男性の自殺は女性より多いのですが、自殺の大きな原因となるウツ病は女性の方がはるかに多い。
これはどうしてなのでしょう?
男性の脳は右脳の方が発達しているわけですが、右脳は方向感覚や空間認識を司るのに併せて、ロマンティスト的な情緒・情動面にとても強く関係しています。そして何より男性の脳は、好戦的で自己主張が強く融通性が無い頑固な脳となっています。さらに、前述の通りコミュニケーション下手です。
これに対して、女性の脳は言語能力を司る左脳が発達しているのでコミュニケーション能力が高く、周りとの協調性もあり、ささいな事でも幸せや喜びを感じることができるし現実的で融通のきく脳となっています。
それ故男性は、追いつめられると人に弱みを見せるのが苦手なので助けを求めることなく、頑なに自分自身で問題解決を図ろうと限界までとことん頑張ります。
で、許容範囲を超えてしまうと、プチッ!とキレて突然自殺してしまうわけです。
一方、女性は追いつめられたり困難に遭っても限界まで耐えようとなどしません。感情的になって泣いたり叫んだりして、一見キレているようにも見えますが、逆にこれがストレス発散にもなって自殺までは至らない反面、ウツ病にはなりやすい、といった傾向があるわけです。
このように、人類で最も重要な要素となる「コミュニケーション」能力には、こんな男女の脳による違いもあります。もともと人間の男女はそう言うものだ! と、言うことが最初から分かっていれば、もはや「話しを聞かない男、地図が読めない女」(既出)などのような、脳の性差ならでは欠陥などどうでもいい話でしょう。
健全な男脳ならではのメリット、女脳ならではのメリットと言うものが在って、それを補完しあいながら人間社会が成り立っており、男女は愛で結ばれてHAPPY−HAPPYになっていくわけです。
ところが、最近、この「健全な脳」に育たない環境が子ども達を取り巻いているとして、大きな問題となっています。
『子どもの睡眠が危ない』(クローズアップ現代/NHK番組)や、『子どもの脳が危ない』(福島 章著/PHP新書)で指摘されている、「キレる子ども」「落ち着きのない子ども」「学力の低い子ども」等々です。
実は、この事は幼児教育者にとっては随分と前から指摘されていた事実ではあります。
人が人たらしめる最大の要諦は、他の哺乳類と比較して圧倒的に大きい「脳」と、複雑な「脳のメカニズム」にあります。(第2回参照)
その脳は、幼児期の6歳位までにはほぼ出来上がるわけですが、この時期までに脳が健全に育たないというのは、「人間」にとってとても大変なことです。
この幼児「脳」と、その後に受ける教育(義務教育制度により全ての国民に与えられる様々な教育・スキル等)との関係は、パソコンとアプリケーション・ソフトの関係によく似ています。
今、私たちの多くは、CPUがペンティアム4相当でOSがWindows XPのパソコンを使っていますが、これは人で言うなら脳の土台となるものです。
昔のパソコンなら、ペンティアム1にWindows 95でフォーマットされた機種が一般的でしたが、現在では、ペンティアム4相当にWindows XPの組み合わせとなり、処理能力が格段に飛躍しました。
そして、これらのパソコンにはそれ相応のアプリケーション・ソフトが機能できるわけです。
例えば、Windows XPのパソコンでは、Word XP(2002)やExcel XP(2002)の様な高度な機能のソフトが難なく動きますが、Windows95のパソコンでは使えないでしょう。
やはり、それ相応のレベルの低いWord95やExcel95を使うしかありません。
逆に、Windows XPのパソコンならWord95やExcel95は動くでしょうが、せっかくの高性能パソコンでも機能の低いソフトを使っていては宝の持ちぐされです。
このように、土台となるパソコン(=脳)の能力が低ければ、それにいくら高度なソフト(=義務教育)をインストールしても、使いこなせるものではありません。一方、その土台さえ良く出来上がっていれば楽々とソフトが使いこなせます。
幼児教育とは、義務教育制度により始まる色々な教育やスキルを、きちんと理解し、自分のものにし、そして自分の才能を伸すことが出来るようにする、その土台となる脳作りに他なりません。
つまり、幼児期における適切な幼児教育環境で幼児脳をレベル高くフォーマットするわけです。
(その後は、公立校や私立校など進む道は異なりますが、それぞれの環境に相応しい教育を受けて才能を伸ばしていくわけです。)
これまでは、健全な幼児「脳」に対して、適切な幼児教育や環境を与えることで、どう才能を開花できるかについて述べてきましたが、今回は、その土台となる幼児「脳」が、そもそも健全に育たないケースについて考えてみたいと思います。
幼児「脳」があぶない! その問題となっているのは脳に悪影響を与える、「環境ホルモン」、「微細脳障害(MBD)」/「早幼児期脳障害」、「睡眠障害」の3つです。
(なお、これらは最近研究が進んできたとは言え、まだまだはっきりとその全容、因果関係が解明されたというわけではありませんが。)
「まいと」では、誕生前6ヶ月+生後6年の6年6ヶ月(第1回参照)をとても重視しています。ある意味、この期間に適切な幼児教育が与えられなければ、その後に与えてもあまり意味が無いと言っても過言ではありません。
これは、知性・知能の発達に係る臨界期(既出)があるからです。適切な環境を与えるかどうかは養育者の幼児教育への関心・価値観によるものですが、その結果は幼児「脳」の育成に大きく影響を与え、ひいては将来の才能開花をも左右することに繋がります。
一方、幼児脳自体の発育・形成に関しては、この6年6ヶ月の法則よりさらに短い3年3ヶ月の法則と言うものがあります。
これも、「まいと」的な語呂合わせですが、誕生前3ヶ月+生後1年の早幼児期と呼ばれる時期〜脳の土台作りに大切な時期にあたる3歳までの、3年3ヶ月としたものです。
この時期は脳の健全な発育・形成にとって、とても重要な時期に当たり、ある事がトリガー(引き金)となると、脳が正常に育たない発育不全や脳のメカニズムの異常、脳への障害や形成異常をもたらす等、さまざまな影響をもたらします。
その1つに、「環境ホルモン」の影響があります。
(今回は、今話題の幼児脳の発育に対する色々な障害を、3つの要因から取り上げてみました。
次回のこのコーナーでは、その第1の要因となる、環境ホルモンの影響をわかりやすく説明するとともに、この度厚生労働省が発表した妊婦に対するメチル水銀の摂取に係るガイドラインについても述べたいと思います。)
さて、今回も長々と小難しい話しから始まりましたので、さっそく対談の方に入っていただきたいと思います。今回も、長年に渡り幼児教育のリーダーとして現場教育に携わり多くの優秀な人材を社会に送り出したるりる〜先生と、「IQ200天才児は母親しだい!」の著者の吉木先生に、面白い&意義ある対談をしてもらいたいと考えています。
幼児教育と「言語の獲得」 〜正しい日本語〜(前編)
最近、日本人の言葉使いが変わって来ました。流行と言うのではなく、そもそも使い方がどうもおかしい=と、言うか使っている本人にとっては当たり前の使い方のようです。
正しい日本語や綺麗な日本語を話さない子どもが増えていますが、実際に子ども達と接して感じているところを、るりる〜先生、お話ください。
「正しい日本語」「綺麗な日本語」とは、どの様な言葉を指すのでしょうか。
それは、小学校で教わる国語の教科書・・・つまり文部科学省指定の教科書が基本となって、子ども達に母国語としての「日本語」教育がなされていくわけです。
では、その教科書を覗いてみましょう。。。。。
正しい日本語の発音の仕方=発音をする際の口の開き方からスタートし、短い文章を音読させる。
平仮名やカタカナ、簡単な漢字などの文字を獲得させる。
文章としての「てにおは」の正しい使い方や、文の基本形である三文形の獲得。動詞・形容詞・副詞・名詞・代名詞などの品詞・接続詞・指示語から始まり、ことわざ・慣用句・丁寧語・反対語・同音異義語・類語・等々、といった知識を獲得させる。
そして、物語文や詩、随筆文や論説文などの長文の読解力を、レベルアップさせながら長きに渡って学習していく事になります。
小学校に入ってからの学習は、ある程度学校側に任せることになるわけですが、小学校の先生曰く、『国語の力は、小学校入学前のお母さんやお父さんの言葉の使い方や知識の与え方が大変大きく影響を与え、小学校1年生のスタート時点では、かなり大きな差がついている』と言います。
確かに子ども達が生まれ、初めての母国語を獲得する環境は、殆どがお父さんやお母さんから学ぶものです。
『う〜・あ〜』などの擬音から始まり、『ママ・パパ』などの言葉を獲得し、更に2才頃からの『ママおそといく・パパだっこ』などの2語文・3語文の獲得は、お母さんやお父さんとの声を使ってのコミュニケーションを取ろうとする手段としての話し言葉の獲得でもあります。
2歳児での言葉の獲得は、おおよそ300語程度と言われています。そして3歳児になると1000語程度と、言葉の爆発期と言われるように急激に増えていくようになります。
小学校での義務教育から、正式に始まる「日本語教育」制度ですが、実際には、その前の段階=家庭での環境が大切だと言うことですね。
では、人の=幼児期における、言葉の獲得と言うのは、どの様になっているのでしょうか?
乳幼児にとっての言葉は、発達&成長していく中から学んで獲得し、そして、その環境に応じて、更にその後の自身の発達&成長を大きく変えていきます。
一般的なケースを見てみましょう。
乳児4カ月頃
物を、よく自分から見るようになります。向かい合って目と目を合わせること、母親の視線の先に目を移し視線の先にあるものを相手と共有しようとする動作が見られます。
この行動は、相手の注意した物に自ら目を向け、相手とのコミュニケーションを取ろうとしている姿です。
感情や視線を相手と共有しようとする行動は、画期的な発達です。人間の対話には、話し手と聞き手という基本的な関係があり、その対話の目的には共通のテーマが存在します。4カ月のこの時期に、対話の基本的な関係の原型を見ることができるのは、人間ならではの興味深いことです。
乳児4カ月頃
相手へのコミュニケーション信号として、自分の手の届かない欲しい物に対して、自分の手を差し出したり、声を発したり、相手に向かって泣いたりするようになります。しかし、途中で諦めて母親へ抱きついたり、母親へ愛情を求めようとしたりします。
また、この頃から「人見知り」が出始めます。3カ月くらいまでは、誰に対しても本能的に微笑んでいたのに、この頃から見知らぬ初対面の人などには、微笑まずに目をそらしたり顔をそむけたりし始めます。人見知りの時期は子どもによって違いますが、1歳代頃まで続く子どももいます。
この頃になると、人の姿や顔に対する違いが分かるようになり、自分の身の回りを世話し愛してくれる保護者との区別が始まるからです。
また、日頃から見慣れている自分の周りにいる人や愛着のある人が自分から離れていこうとすると時に、後を追って泣いたり、不安や抵抗を現したりするのもこの頃から始まります。
乳児8〜9カ月頃
欲しい物がある場合の行動にも変化が生じてきます。
相手へのコミュニケーション信号として、自分の声や手を出す時に、相手がどの様に行動するかを前もって分かりだします。そして、相手が自分の期待する行動を起こすまで視線を送ったり動作をしたりと色々と「信号」を出し続け、「あれが欲しいから取って!」という気持ちを身振りで伝えるようになってきます。
また、「もの真似」(模倣能力)の発達においては、目を見張るほど著しく発達する時期です。模倣を通して獲得した動作は、相手とのコミュニケーションを作るのに効果的ですし、言葉を発する準備態勢としても必要な要件となります。
お母さんやお父さんへのコミュニケーション信号が色々とあるわけですね。その手段の1つとして、言葉の獲得への前段階があるようですが、その後はどの様に発達していくのでしょう?
1歳くらいになると、コミュニケーション能力は随分と発達します。
乳児10カ月〜1歳半頃
相手とのやり取りを通しての動作(コミュニケーションのキャッチボール)が楽しくなり、繰り返して遊ぶ事をゲーム的に楽しめる時期に入ります。
物を受け取る側と物を渡す側に分かれて、その行動の「繰り返し」に喜びを感じるようになります。相手が働きかけてきた事に対しては、それを受け取る役になって交互に相手と交換をしながら、遊びを深めていきます。つまり、対人関係の中で、「聞く・話す」「聞く・話す」という行動を、言葉として使うコミュニケーションの基本的な態度の基を作り上げているわけです。
乳児1歳半〜2歳半頃
言葉という、誰に対しても通用するコミュニケーション・ツールを理解するようになり、言葉を使い始めだすと人見知りは急速に減ってきます。
相手との「交換」を楽しむゲームは益々盛んになります。ボールをなどの道具を使い始めると、社会的な側面も発達してきます。知っている人とのコミュニケーションが益々盛んになります。
子どもがボールを持って相手を見て微笑む→相手も子どもを見て微笑む→子どもは相手に向かってボールを転がす→相手にボールが行く様子を目で追い、相手がボールを取ると子どもは相手に向かって微笑む→今度は相手がボールを持ち上げると、「いいですよ」と言っているかのようにうなずきます。
このやり取りには、遊びの開始・連続・終了・お互いの感情の確認など、様々な信号や体から発する言葉(ボディー・ランゲージ)が使われています。
交換をして遊ぶ事は、相手との共感した気持ちの上に成り立つモノです。このような一連の行動は、のちの言葉の文法を用意するものだとも言われています。
なるほど、言葉というコミュニケーションツールの獲得の過程がよくわかりました。さて、その様にして獲得していく言語能力ですが、中高生の独特な今風の言葉使いはさておき、おかしな言葉使いをする子どもが最近多く見うけられますが、吉木先生はどう思われますか。
正しい日本語、美しい日本語を話したり書いたりできるために、私は読書をまず勧めています。
「ら」抜き言葉や「い」抜き言葉を、おかしいと思わないで使っている人が、最近は多く見受けられます。人気歌手の歌の歌詞にもあったりして、それを不自然だと思わないで歌っている姿が実に不自然に見えたりもします。
ある意味、それはマスメディアの責任でもあるわけですが、マンガや娯楽週刊誌と言うのではなく、文学的な本や絵本などの読書は、人の言語的知性を豊かにします。
では、いつから読書をしたら良いのでしょう?
答は、胎児のときからなんです。
もちろん、胎児がおなかの中で本を広げて読むことはできません。お母さんが赤ちゃんに読んで聞かせてあげるのです。このときのお母さんのやさしい気持ち、言葉を胎児はしっかりと聞いています。
もちろん、生まれてからも本を読んであげることは、とても大切なことです。生れてからまだ幼児期に読んであげる本は絵本になりますね。赤ちゃんは一度読んだからといって飽きることはありません。何度も何度も繰り返し読み聞かせてください。
そのときは発音できなくても、言葉が話せるようになった時に、何かの拍子にその文章を話したりするものです。そんな経験が、子育てされたことのあるお母さんならきっとあると思います。
その子を取り巻く環境、とくに言語の知性に影響を与える環境が重要との事ですね。その一番身近な方法が読書ですが、では、赤ちゃんにはどんな絵本が良いのでしょう?
これは非常に難しい質問ですね。私が、この本がいい、と言っても、お母さんが気に入らなければ良い本ではないからです。
お母さんがいいと思って感動した本がきっといい本なのです。
お母さん自身が嫌な本では、感情豊かに読み聞かせることは出来ません。
ただ単に、絵本を見せて読めば良いと言うわけではないからです。
松谷みよ子さんという絵本作家の方が、私の家の近所にお住まいです。松谷さんの作品「いないいないばあ」という本には感動しました。大人が見たら別にどういう本と言うことはないかもしれませんが、赤ちゃんの立場から見たら、これは面白い本だ、と思いました。「いないいない」といってページをめくると次が「バー」の顔になっています。とても表情豊かで感動しました。
この様な、お母さんが赤ちゃんの視点で読んで感動する本はいい本と言えましょう。
なるほど、赤ちゃんの立場からの絵本選びと言うのは、面白いですね。
こんなこともありました。「腹ペコ青虫」という絵本があります。
ある赤ちゃんがこの本が大好きで、毎日のように読んで聞かせてあげていたそうです。それから年月がたち、幼稚園へ行くようになったある日、青虫を見つけたその赤ちゃんが「お母さんおんなじだね」というのです。お母さんは何のことか忘れていましたが、その子はあの絵本のことを言っていたのです。
青虫はお腹をすかして何でもどんどん食べます。確かに青虫はさなぎになる前に驚くほど食べるのです。そしてぴったり食べなくなり、次にさなぎになるのです。毎日読んであげていたお母さんすら忘れていた内容を、その子はしっかりと覚えていたのです。
絵本を読んで聞かせてあげていたころは、まだ言葉は話せずに「ああ」とか「うう」くらいしか言葉を発していなかったのですが、しっかり記憶されていたわけです。
余談ですが、「腹ペコ青虫」の作者、エリック・カールは、インタービューの中で、「本を読んであげることの意味は、本を読んであげる時間を通して、子供に『私は、あなたのための時間がありますよ。あなたと一緒の時間をすごしたいのですよ。というメッセージを伝えるからだ。』と言っています。
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対談者プロフィール
吉木稔朗先生
神奈川大学法学部法律学科卒。早期教育の友人の死を契機に研究を引き継ぎ、現在、ヨシキ幼児教育研究所主催。主たる著書に「IQ200天才児は母親しだい!」「母親だからできる驚異の天才教育」「天才児を育てた24人の母親」などがある。
佐藤るり子先生
幼児教育学部卒。幼児教育学部専攻科修了。
首都圏の私立幼稚園教諭を経て、大手民間の幼児教育事業部において講師及び教室長を担当。首都圏エリアの運営及び講師育成並びに教育プログラム開発等を手掛ける。現在、幼児才能開発プロジェクト「まいと」専任講師。
宮本みきお
立教大学経済学部経営学科卒。経営コンサルタント。大手民間の人材バンク及び人材開発の企業を経て、現在、コンサルティングファームを経営。